人見知りってのは、解消可能なんだよ。「人に好かれるって本当に簡単だ…。たとえ嫌われたとしてもこの世にはいくらでも代わりがいる…。」

人見知り 解消

人見知りってのは、解消可能なんだよ。

僕はずっと人見知りは性格の問題だから解消不可能だと思ってたんだ。
だけど実際は違った。単なる慣れの問題だったんだよ。

僕はもともと筋金入りの人見知りだった。学生時代、クラスの大半の人と話せない。
同い年のはずなのに、なぜか自分よりもずっと大人でずっと頭が良くてずっと話がうまい人間のように思えた。
僕みたいなのが話しかけると、楽しい会話がピタっとやんで「え…?」って空気になるかもしれない、って思ってた。
(特に異性相手にした時がひどい)

そんな僕だったから、人見知りが克服できる日はこないと思ってた。
性格だし仕方ないと諦めてもいた。

だけど社会人になって数年経ったある日、人見知り解消の機会が訪れた。
それが 営業への部署異動だった。

営業だなんて、ストレスの塊じゃないか!僕がやっても吐くだけ!契約なんて取れない!やめてやる!って何度も思った。
だけど「営業になると給料が上がるよ。あと契約取る度に歩合給が出るよ。1万円!」
と言われ、当時金に困っていた僕は「やります」と即答した。

人と話す恐怖 < 金が底を尽きる恐怖

となった瞬間だった。

僕は1件契約する度に貰える1万円が欲しいという理由だけで、飛び込み営業をしまくった。

お客さんの金が一万円に見えた。
営業車に乗る時は「さて一万円を釣りに行くか」って思うようになった。
営業者から降りる時は「今日はなかなかの一万円だった」って思うようになった。
お客さんが初めて契約をしてくれた時「契約してくれて嬉しい!」じゃなくて「一万円ゲットだぜ嬉しい!」って思った。
お客さんが「この商品使ってて、何か良いことあります?」と聞いてきた時には「はい、あります。僕が一万円貰えます!」って心の中で思った。

固定給料時代には味わえない快感だった。

そんな日々が1年続き、営業時代終盤には
僕はすっかり人見知りの「ひ」の字もない状態になっていた。

「人に好かれるって本当に簡単だ…。たとえ嫌われたとしてもこの世にはいくらでも代わりがいる…。」

人見知りがひどい人は「嫌われたらこの世の終わりだ」ってくらい 人に嫌われるのを怖がってるところがある。
人間なんて星の数ほどいるっていうのに、おかしな話だ。

嫌われたらこの世の終わり?いや、それは絶対に違う。
むしろ逆だ。

無意味に人から好かれても、付きまとわれるわ接待しなきゃいけないわメールは返さなきゃいけないわしつこくされるわ、でメリットは案外少ない。

人見知りする人は他人に期待しすぎてる。そして他人を大きく捉えすぎて怖がっている。
もっと他人を軽く見てもいいと思う。どんなにえらそうな態度の人でも、結局は同じ人間。自分と対して変わらないんだよ。

人見知りは技術的な面よりも、精神的な面での解消が必要だと思う。

目を見て話すとか、ハキハキ話すとか、そんなのは後から勝手についてくる。
だからまずは心の持ちようを変えることだね。
「相手と話すのが怖い、変だと思われた怖い、相手は自分より強い、無視されたら怖い、惨めな思いをしたくない」
ではなく
「あぁ目の前に人間がいるなあ、ところでこの人は僕にどんなメリットをもたらしてくれるのかな?」
くらいに機械的に相手を捉えるほうが良い。

もしも露骨に無視されたら、その人はそれで終わりでいいんだよ。
「あ、無視された…」じゃなくて 「ハイ次」って感じだ。
次に別の人と話す時は、前回の反省を踏まえて自然と少し大きな声を出して話すようになるから、接客態度は自然と矯正されていく。

無視をする人は、その人に悪意があるのではなく
自分が場の空気を支配していないのが原因なんだよ。
いるよね?話の中心的な人物になるムードメーカー的な存在。

あれは 「口数・声のデカさ・リアクションのデカさ」を調節する事で、コントロールできるものなんだ。
デカければデカいほど中心人物になりやすい。
よく分からない話でも大げさに「っえええーーーー!!!?」「へーーーっそうなんですか!」って言ってれば簡単に場の空気を自分のものに出来る。

だから無視した「人」をいちいち気にするのではなく、無視された「場の状況」を気にしたほうが良いんだ。
人という存在がどんどん軽いものになっていって、代わりに場の空気が重要なものだと気づくようになっていって
いずれは、会話を簡単にコントロールできるようになるんだよ。